代表鹿野の“もったいない&ほっとけない”

2007年12月28日(金曜日)

自分主義を超えて自分づくりにチャレンジする年に?07年のもったいない&ほっとけないを08年の未来づくりに活かす?

2007という年が終わろうとしています。清水寺が発表した1年を象徴するキーワードは“偽”。食品業界ではメーカーから流通業者、さらには老舗といわれる料理屋にまで偽装がはびこり、日々の暮らしのベースとなる食の安心・安全神話が根底から覆される事態に直面しました。また、社会保険庁や防衛省の不祥事はまさに官による仕事の偽装であり、安部政権下での閣僚の暴言と自身の進退問題、そして福田政権下での相次ぐ「公約」軽視の発言は、まさにほっとけない問題だといえるでしょう。

一方、今年の出版界等でブームになったのが「品格」という言葉。女性の品格、国家の品格等、出版界ではさまざまな品格を問う書籍が出版され、雑誌やテレビでも品格をめぐって評論家やタレントが激論を交わす光景(人の意見を聴かずに自分の意見だけを声高に叫ぶという“品”のない光景ですが・・・)をみかけます。それはある種、「偽」へのアンチテーゼのようでもあり、人間力とはその人が持つ心根のレベルに左右されること、そのひとつの要素として品格が重要であるという意見には頷けます。

しかし、品格を一定の型に抑え込もうという意見には賛成できません。品格を問う人の少なくない方々が、品格=規範、道徳としてとらえようとしていますが、品格とは本来、そうした一定の型に分類されるべきものではありません。その人がその人として誠実に生きてきた証としてにじみ出るものが品格であり、人の生き方を特定の型に押し込め批判する傲慢な姿勢は、発想として貧困であり、もったいない捉え方だと思います。

ところが最近の風潮をみていると、社会のあり様、人間のあり様をパターン化し、その型にあてはまらないものを全否定する傾向がうかがえます。朝青龍や亀田父子をめぐる問題はその典型ですし、偽装問題等に起因する謝罪会見を見ても、その謝罪の対象は類型化して批判するマスコミに向けたられたもので、どこまで企業としての責任、トップとしての責任を果たそうとしているのか疑問が残ります。

同時に、何か問題があると教育のせいにする風潮も気になります。「すべての元凶は教育の荒廃にある」「昔は良かった。道徳教育を必修科目として位置づけるべきだ」といった議論をよく耳にしますが、そういう意見を言う人は、戦後に不祥事や起こした政治家や企業人の多くが戦前生まれてあった事実をどのように説明するのでしょう。また、いじめや少年犯罪も、マスコミが煽るから増えているように感じられますが、実態は減少する傾向にあり、むしろ事件の1面のみをクローズアップし、高所から断罪するマスコミ報道のあり方こそ見直すべきです。

情報社会の進展は、ともすれば人間を自分の世界に閉じ込めようとします。インターネットからの情報収集は便利なものですが、他者と交わりのない情報収集は自分の関心事から抜け出せない危険性をともなっています。その結果、自分の価値観を絶対化し“型”“規範”という形で押し付ける「自分主義」の人間が増長し、安部前総理の“美しい国”に象徴されるひとりよがりな人々が増殖することになるのです。

オープンマインド。08年は、自らの心を開放し、他者との関わりを深めることであらためて自分の心根を鍛える年にしたいと思います。他者を尊重し相互に理解を進めることで自らのあるべき姿を模索していくこと。自分を基準にして他者を判断する自分主義ではなく、他者との関わりの中で自分を創造することで、本当の価値を見いだしていけたらと思います。07年。皆さまにはいろいろお世話になりました。そして08年もいろいろお世話になると思います。また至らない点が多々あると思いますが、事ある度に関わっていただき、当社および当社スタッフの心根を鍛えてやってほしいと思います。スタッフ一同、オープンマインドで新しい自分づくり、組織づくり、社会づくりに努めてまいります。

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